食事は大便を買うのと同じこと・・・・なのか?!

先日、記事で

食事は大便を買うのと同じこと

というのを目にしました。これはエリートサラリーマンの笹原元輝さんの記事で、効率を求めているそうだ。笹原さんのこの意見はおもしろいなあと思います。私は食べることが大好きなので

スシローに通うために株主になり優待をゲットすべきか

こうまで思ってる人です。ただこの笹原さんの意見、的を得てますよね。小学生でも知ってることなんです。ご飯食べればうんちがでてくる。これってニュートンの物が落ちるのは重力のせいっていう発見と同じ発想なんです。でもネットでは賛否両論ですね。というか否ですね。おおよそ笹原さんも否を言われる前提だったと思います。私もネットの民として同じ否ですかね。私の好きな歌の歌詞に

人生、それは死ぬまでのY字路

簡単に言うと最後は一本道、死に向かうのが人生という意味ですね。この歌詞と笹原さんの精神って一休さんがお正月で盛り上がる街のなかを

正月や 冥途の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし

簡単に言えば、

吉日凶日なんてないから、浮かれずに毎日一生懸命生きなさいよ

と言いました。笹原さんもこんな感じでしょうかね。結局うんこになるならお金かけたくない。間違ってないです。でもね私思うんです。

効率化ってそこまでいいのかな

効率化を最大限までするのなら

なんですよね。だって一休さんもいずれ死にますよ~と言ってますし、120年前の人なんて世界で一人二人のレベルでみんな死んでます。効率化よりもその道中を何か背をって生きていくことに意味があるのではないでしょうかね。

・コミュニケーションで効率化はだめですよ

私、お年寄りがいらっしゃられるお家へよく行かさしてもらいますが、その場にじいちゃんかばあちゃんがおられるときは時間が許す限りそこへ滞在してお話をするようにしています。なんというか、あまり新しい人とのコミュニケーションがないと思われるので、私が行きますとそれはそれは楽しそうにおしゃべりをしてくれます。すると、奥から若奥さんや若旦那が表れて

じいさん!お客さんは忙しいんだからね!

こう言いますが実際は、若さん方がはよ帰ってほしいんでしょね。するとしぶしぶじいちゃん達は私を開放してくれます。まあでも話す内容も、同じことを何べんも何べんも繰り返すので、言いたいことはそこまでないのでしょうが。

私、以前仏教書を読んでおりまして心に残ってる言葉があります。それは

悪口

について。これは十善戒の中の一つで不悪口というもので戒でしてはいけませんよ~というものです。不悪口は呼んで文字のごとく悪口は慎みましょうの意味ですね。その本にはこう書いてありました。

時々、つまらんリーダーが話を遮るように

要するに、つまり、最終的に

という言葉を使いたがるけど、これは悪口にあたる。早くまとめたいのだろうが、人の話を全部聞かないリーダーこそ最終的に要らないのだ

こう書いてありました。その時私も若かったので、また密教宿曜占いの分類の特性として効率化を求める宿曜なので、 つまり をよく使ってましたのでそこから反省をして、人の話を遮らないようにしています。何というか、その間の道中を楽しむ心の余裕を持つわけですね。人の話を遮るのも悪口なんですね。おもしろいです。

さてまあ最初に書いた笹原さんの食事は大便に理論ですが、そこまでネットの人が言うように

食事は人生の楽しみの一つだ!なに言ってるんだ!不幸せそう。

とは思ってません。本人が満足していればそれでいいんです。ただ、もし子どもさんがおられたとき、

食事って楽しいんですよね☆

そりゃ非効率のお祭りですよ。拭いている雑巾の上に、ご飯こぼしてきますからね。そして毎食掃除機を机の下にかけないといけない。うちの嫁さん本当にありがとう。それでもね、親は子供にお腹いっぱいご飯食べてほしいんです。いくらこぼしても、作った食事に興味があるだけでうれしいんです。これって非効率ですよね。でも幸せなんですよね。

笹原さんは今現役バリバリの30歳なので、そのへんの寄り道、散歩の楽しさをまだ体験してないだけかもしれません、またそれを体験しても無駄だと思えば、それは本物ですね。世の中、いろんな人がいるから発見気づきができるので私もいい勉強になりました。

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