終活ノートを書く前にやるべきこと~母親との思い出~

先日、葬祭ホールさんの終活セミナーなるものに参加さしていただきました。講師の方が来られていろいろお話を聞かさしてもらいました。その中で非常に熱心に終活ノート、エンディングノートを細かく書きなさいと言われていました。講師の方、ご自分のお父さんお母さんが亡くならっれたことを例に困ったこと、そして助かったことなど50分間話されていました。私も

なるほどな~とりあえず、通帳関係はメモに残して、漏れないようにするのと、土地化関係の所有物もチェックしとかないとな~

そんなことを思いながら自転車にまたがり、頭でいろいろ考えながら帰宅しました。その帰り道、ふと昔、小学校の時の通学路を行ってみようと思い、ゆっくりと自転車をこいでいきます。

するととある公園が見えてきました。すると私、ふと数年前亡くなった母親のことを思い出しました。うちの父親は自営業で忙しい人でした。なので父親とは遊んだ思い出はありません。しかも学区の端だったので友達もいない私はいつも母親にべったりとくっついていました。どこで知ったか分からないのですが、私が幼稚園のころに

グローブ欲しい

と言い出したそうです。父親はまあ時間がとれないので、父親に毎日言ってるとある日母親が、スポーツ店に連れて行ってくれ、グローブを買ってくれました。そしてボールも一つ。うれしくてそれをず~とつけて、枕元に置いてたそうです。そして2、3日すると私は

キャッチボールしたい

こう言い出したそうです。すると父は、ちょっと待ってな~ちょっと待ってな~と忙しいので構ってくれませんでした。するとある日母親が

公園いこうか

そういって新品の大人のグローブをつけいてました。そして私は幼稚園、そして母はグローブを逆につけながらも一生懸命キャッチボールをしました。ただお互い下手の極みなので、一球投げては逃して後ろへ走っていき、投げては後ろへ走る。気が付けば一度もグローブを使わない只野ボールの投げをやっていました。それから毎日毎日。

それをこの終活セミナーの帰り道で思い出した私。母親が亡くなり、遺産などの通帳の数字というのはただその通帳に記載されてるだけで、何も思いません。でも、下手なりに、時間を割いて私のボール追いかけっこキャッチボールに付き合ってくれた母。その思い出はたぶん、私がこれから死ぬまで残り続けるわけですね。

咲いて散るのが花、散って咲くのは人の花

こういう言葉がありますけど、終活で一番大事なことって、

子供たちにどんな思い出を渡せれるか

じゃないのかなと思います。私はこの思い出が思い出されたとき、仏壇の前で手を合わせました。手を合わせることは坊さんに言わせれば一番の供養になると言われています。手を合わせてやろうではなく

おかあさん、ありがとうな

この言葉が自然と口からでました。私は今、何ができるのでしょうかね。久々に子供と公園にキャッチボールでもいきましょうかね!

2件のコメント

  1. こんにちは。
    最近、毎日覗かせて頂いていますが、面白い話や、為になる話、今回のように心に残るお話と、個人的に今一番熱いブログとなっています。
    宿曜の本も1冊持ってるのですが、密教宿曜とは違うのですかね?おすすめの密教宿曜の本とかあればブログで紹介して頂けるとありがたいです。
    今後も応援しています。

    1. いつもありがとうございます。今溜まってる記事を出したら、たかしお様の知りたい密教宿曜の本、そして勉強?方法など紹介したいと思います。と言っても私はプロではなく、暇人の時間つぶしという感じなのでそのへんはご愛敬を・・・笑

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